タイルになったクーちゃん
2019-03-16
お姉さんはいつもの様にいつもの道を散歩中だった。
いつもの様にシーズ犬のアトム君とサンタ物語の主人公サンタも一緒だ。
遊歩道を歩いていると向こうから自転車の荷台にダンボール箱をくくりつけたおじさんと出会った。中に白いフサフサ毛並の小さなチワワが入っていた。
「アラーッ、可愛い!」お姉さんは思わず声をかけた。
声をかけられたおじさんは、なぜだか待ってましたという様に、こう答えた。
「これから、この犬を友達の所に置きに行くんだよ。この間、この犬を拾っちゃって…。自分はすでにシーズ犬を飼っているから。二匹も飼えないから…。友達の所は縁の下で飼うんで前の犬もすぐ死んじゃったけど、仕方ないさ。」
お姉さんは正直「ウァーッ、また変な話を聞いてしまった」と思いました。でも
「縁の下で犬を飼って殺してしまう所に連れていかれたら、このワンちゃんも死んでしまうじゃないですかー?!」
ダンボールのチワワをまじまじと見た。
体はフワフワの白い毛で覆われているけれど目の周りは赤茶色のヤニで汚れている。全く生きる希望が持てない様子で力ない目でお姉さんを見た。眼と眼が合ってしまった。
「死んじゃうって分かっていて連れて行ったら可哀想じゃないですか。」とお姉さん。
「俺はシーズ犬を飼っているし、二匹飼えないから仕方ないよ。」とおじさん。
てな訳で
散歩は中止!
お姉さんはその白いチワワを抱いて家に帰りました。
庭におろしてみて驚いた。
この犬歩けない。
ずーっと檻に入れられていたらしい。
おろした所に立ったまま。
一歩脚を出して、また立ったまま。
寂しい不安そうな表情で立ったまま。
ほかに沢山犬もいるし、慣れるまで檻の中ね。
お姉さんは白いチワワが落ち着く様に部屋の隅に檻を設置しました。
あなたの名前はクーちゃんね。
怖がらなくて良いのよ。沢山犬がいてごめんなさいね。
すぐ慣れるから…我が家は楽しいのよー。
クーちゃんは、とても不安そうな顔をしていました。
常に怯えたまま。
歩けない犬。泣かない犬。
お腹だけプックリふくらんでいる。
落ち着いたら動物病院に行きましょう!
泣かない犬、
クーちゃんは
吠えないように声帯が切られていた!
年齢は不明。お口の様子や体型から何度も何度も妊娠させられ子供を産まされた犬と判明。
チワワブームに乗って次々妊娠させられ、子供が産めなくなって用無しになったクーちゃんは捨てられた。
ずーっと檻の中に入れられ愛情を受けることなく子犬を産み続ける犬。
機械と同じ。
妊娠しなくなったらポイッだ!
病気になったらポイッだ!
だからクーちゃんは歩けないのだ。
だからクーちゃんは泣けないのだ。
だからクーちゃんは心を閉ざしてしまったのだ。
お姉さんと家族はクーちゃんを思いきり可愛がりました。
そして3カ月、
ほんの少し歩ける様になってきた。
クーちゃん凄い!凄い!みんなで応援した。
可愛い水玉のスカートを着せてクーちゃんキレイ、キレイ。
可愛い~。大丈夫、大丈夫。
お姉さんの90歳のお母さんがいつも抱っこした。
クーちゃん大丈夫よ~。
クーちゃん大丈夫よ~。
クーちゃんはお母さんにチョッピリ心を開いてきた。
朝、お腹がすくと、声帯のないクーちゃんは少し鼻をならした。
クー、クーって。
春になった。クーちゃんが来てから5カ月がたっていた。
お姉さんの家族は恒例のワンちゃん行列のお花見だ。
今年は途中参加のクーちゃんも加わって桜吹雪の中を皆で歩いた。
「なぜこの家族は私に親切なの?」
クーちゃんは生まれて初めてのお花見。
慣れてきたワン子達5匹に加わって6匹目のクーちゃん。
クーちゃん歩けた。歩けた!
楽しそう。楽しそう。
嬉しそう。嬉しそう。
クーちゃん、生きてて良かったねー。
クーちゃん、桜吹雪に春のそよ風。
可愛い赤い水玉のワンピース。
トコトコ、トコトコ。
小さな脚で少しだけど歩ける様になった。可愛いクーちゃん。
写真を撮った。
あれから1カ月。
クーちゃんはコトンッと天国に旅立ってしまった。小鳥の様に…。
なぜ?
6ヶ月しか一緒にいられなかった。
もっともっとこの世に生きてきて良かったと思って欲しかった。
可哀想なクーちゃん。
一体クーちゃんは、何十匹の子供を産まされたの?
いつもいつも休みなく子供を産まされて、妊娠していないのにまるで妊娠しているようにお腹が膨らんでしまっていたね。
最初は感情が無いみたいに心を押し殺していたね。怯えていたね。
今どこかで心ないブリーダーから選ばれたクーちゃんの子供がクーちゃんと同じ目にあっているんだね。
本当に我々人間の身勝手をお許し下さい。
今度産まれてくるときは、そんなブリーダーに飼われないようにね。
次は真っすぐにお姉さんの所をめがけて産まれてくるんですよ。
涙がとまらないお姉さんの家族は
「また会えるね。」
の言葉と共にクーちゃんをタイルに焼き付けた。
人生最後の6ケ月、幸せそうな顔で撮られているクーちゃんはタイルになって
富士盲導犬育成センターにいる。